気づくことで転機が訪れる、生きる希望を失ったところからの脱出方法



人生に疲れ辛い思いをしたときには、生きる希望を失うこともあるもの。気持ち的にも一杯で試練の時期が続きます。

これにはそれなりの理由や要因があるものですが、希望を失くした時というのは、思考もまともにできない状態に陥っています。

ただ多くのケースでは後になって、あの時分はああいう理由で辛い思いをしたと、何かの切っ掛けで気付くことがほとんど。

その際、心が少しでも軽くなるものに出会えたら、その瞬間から変わっていきます。

生きる希望をくださいという言葉もありますが、生きる希望とはやはり光だということ。

光が見えている人にしてみれば、恐怖心を持たすに前進ができます。

逆に光が見えない人は、絶望という崖に恐れを抱き慎重にならざるを得ません。

ここでは、気づくことで転機が訪れる、生きる希望を失ったところからの脱出方法を紹介しています。

 

 

 

 


生きる希望を失ったと思った時に考えてみたい、さまざまな脱出方法


 

| 1.気がかりなことや悩みごとは、一生涯続くものと知ること

気がかりなことや悩みごとは、一生涯続くものと知ること。肉体を持ちこの世に生まれ落ちて以来、いわゆる肉体的な病気をはじめ、気がかりや悩みごとは、その発生が始まっています。

人間関係の悩みのほか、学生時代には勉強が、社会人になると仕事など気がかりなことは多いもの。

さらに子供ができれば子育ての心配や、歳をとれば老いの悩みと心配ごとは一生涯続きます。

なので、あまり苦に思わないことが大切。むしろ乗り越えることで、自分が磨け成長できると受け取るよう心掛けます。

 

| 2.早く切り換える、広い場所に出かけていくのがポイント

愁いを持った心を早く切り換えることが大事。直ぐにはできにくいものですが、小さなことで一喜一憂しない環境に身をおいてみるのも良いこと。

広い大自然の中に出かけ周りを見渡せば、世の中のことは自分が思うように進まないことが分かります。

また広大な夜空を見上げれば、小さなことでくよくよしている小さな自分が馬鹿らしくなるもの。

心を開き早く切り換えるには、広い場所に出かけていくのがポイント。

 

| 3.乗り越えたりかわしたり、その場で一生懸命に努力する

人生は川の流れと同じであることを知ること。川の水は流れていれば清く澄んでいて、よどめば濁るもの。

水の流れをよく見てみると、小石が前にあればそれを乗り越え、大きな岩があればそのすき間を流れます。

人生も同じことで、行く先々でさまざまな困難に出会うもので、乗り越えたりかわしたり、その場で一生懸命に努力をします

 

| 4.正しい道を歩めば、必ず道は開け明かりが見えて来るもの

現在を思い煩わないということ。これは過去の出来事を悔んだり、先々の事を心配しないということ。

悩んだり心配をしたりすると、ストレスが溜まります。そうなれば心と身体の悪化を招くのは必至になります。

そうならないため、今日を楽しく生きる姿勢が重要。心の持ちようを、全てのものに感謝するものに変えていきます。

忍んで耐えて、正しい道を歩めば、必ず道は開け明かりが見えて来ます。

 

| 5.人間社会で生きることは、一生懸命に修行していること

生きる希望を失い、自殺をしたらどうなるかを知ること。自殺したとしても死ぬのは、自分の動物的な人間としての肉体のみです。

体の中に宿っている魂は、肉体が滅びた後も生き続けるもの。

魂は肉体から抜け出て霊界に戻りますが、多くの宗教では自殺をして魂が霊界に帰れば、神に罰せられるとされています。

この霊界において、魂は苦難の道を歩みます。人間社会で生きることは、一生懸命に修行していること。放棄してはいけません。

 

 

 

 


気づくことで転機が訪れる、本当に人生が変わったと心から思える一瞬


 

| 1.悩みに対する本質を注視した瞬間、変わるその後の人生

自ら持っている本質に気づいた時、人生が変わるとあのニーチェも言っています。果実は結果であり、種こそが自分の本質ということ。

人生では結果を求め、心折れてしまうこともありますが、大切なのは自分本来の姿。

悩みに対する本質を注視した瞬間、その後の人生は変わっていくもの。いくら人生経験をを積み上げても、心の根本にある本質を感じ取らなければ人生は変わりません。

 

| 2.欲を捨て去り心の重圧を軽く、進むべき道筋が見える瞬間

欲に囚われなくなった時に人生は変化するもの。欲望がなくては存在することができないのは、人は生きている限り逃げられないもの。

食べることや、寝ることも欲求の種類です。

ああしたいこうしたいと、色々な欲望に囚われることで生きる道に一貫性がなく、ただ迷ってしまうことも多いものです。

欲を捨て去り心の重圧を軽くすることで、これからの道筋を照らす一瞬がやってきます。

 

| 3.何となく過ごしていた日々も、決して当たり前じゃない

当たり前ではないと理解した瞬間から、人生に転機が訪れるもの。例をあげると、今まで当たり前に側に居た人が亡くなったり、当たり前にそこにあった品物を失ったりなど。

人間はこういった不運な巡り合わせがないと、大切な事柄には気づきにくいもの。

どうしても時が経つにつれ、人や物に最初に感じた思いやりを忘れてしまいます。

何となく過ごしていた日々も、決して当たり前じゃないと気づけば、人生が変わった一瞬となります。

 

| 4.道に迷ったときに、生きている自分自身を心から信じる

人生の変化の転機が訪れるのは、心の底から自分を信用できた瞬間。人は多くのことで人生に迷います。

そして変化を求める時、大事なのは現在の自分を信じること

どんなに道に迷ったとしていても、その時生きている自分自身を心から信じることができた時、本当に人生が変わった瞬間に立ち会えるのかも知れません。

 

| 5.人生の最後で笑える、全力を出して生き抜いていく決心

待つことをやめ、全力で生きると決めた一瞬、人生は変わるもの。人生が変わる瞬間をじっと待っていても、時間は残酷で瞬く間に過ぎ去ります。

いつか到来すると思いながら待つのではなく、やり残すことがないように、全力で生きることを決心するのがポイント。

失敗することを恐れるより、人生の最後で笑えるよう全力を出して生き抜いていきます。

 

 

 

 


何処から来て何処へいく、生きる希望の答えを哲学的な意味から考える


 

| 1.自我である魂、生と死の境界を越え永遠にあり続けること

私たちは何者かということ。決して偶然に存在しているのではないということです。自らの意思で人生が始まったのでも、自身のみで生きている訳でもありません。

命は与えられたもので、肉体と霊と魂により成り立っています。

死ぬという事柄は、土から生み出された肉体は土に帰り、は神の元に帰ります。でも、自我であるは生と死の境界線を越え、永遠にあり続けるということ。

 

| 2.故郷があり、それは天ににある永遠の喜びと慰めの場所

私たちは何処から来たのかということ。わたしたちには故郷があり、それは天ににある永遠の喜びと慰めの場所。そこには、悲しみも、苦しみも、悩みごともありません。

私たちの霊はここからやって来ました。この慰めと喜びのあるふるさとへ導くことができるのは、救い主であり神であるキリストとされます。

 

| 3.自身の魂は永久不滅なので、永遠に消え去ることはない

私たちは何処にいくのかということ。これはこの地上を去ると、どうなるのかということと同様。

死んでしまえば存在がなくなるというのは間違いで、死んだからといって、存在がなくなることはありません。

自分自身である魂は永久不滅なので、永遠に消え去ることはないからです。魂はいつまでも、別の場所へと存在し続けます。

 

 

まとめ

人生に疲れ辛い思いをしたときもある。ここでは、気づくことで転機が訪れる、生きる希望を失ったところからの脱出方法を紹介しました。迷った際には、ぜひお役立てください。

 

こちらもご覧ください。