生きる糧が欲しい場合もある、無価値感を踏み越える道への心の持ち方



日々の暮らしの中では、生きる糧が欲しいと実感する時もあるもの。自分には価値がないという思いが湧き起こり、何を糧に生きるのか躊躇するような時。

存在価値がないとか自分は世の中に必要ないという感情は、幼少期から自己承認欲求が不足している人ほど募りかねません。

自分自身に価値があると思えない心の傷がある限り、どれほどポジティブな自己暗示をかけても納得ができず、更に無価値感が酷くなることにもなりかねません。

病気やうつ症状によって自己無価値感が高まるので、抑うつ状態が続く負のスパイラルにも陥りやすくなります。

なので、生きる糧というのは非常に重要で、疑問を感じた時は考えていくことが必要。

ここでは、生きる糧が欲しい場合もある、無価値感を踏み越える道への心の持ち方を紹介しています。

 

 

 


生きる糧が欲しい場合もある、無価値感を踏み越える道への心の持ち方


 

| 1.現在に感じることが、非常な重要ポイントとなってくる

意識を現在に向けるということ。五感を通じ様々な感覚を現在に感じることが、非常な重要ポイントとなってくるというもの。

海をはじめとして山だったり川などの自然に触れたり、美しい景色の中で日光の光を浴びたり、風に吹かれるような心地良さを感じるなどです。

世間の価値観からは一歩離れて、ただその場の現在を五感を通じて感じ、人間としての生きている実態を気付くのが、無価値感を踏み越える道への心の持ち方の一つ。

己自身に生きる糧が欲しいとかないなど、そういう考えは一旦横に置いて、心が鎮まっていくのを感じるよう心掛けます。

 

| 2.いずれ帰って来て、生まれた後はいずれは死ぬというもの

生きることは旅行のようなものを理解するということ。人生は旅行に非常に似ているところがあり、出かけた後はいずれ帰って来て、生まれた後はいずれは死ぬというもの。

但し、旅行に生きる糧があるかなどは普通は考えず、楽しく旅行をすればそれで良く、その楽しみ方は個々で異なっていて構うものではありません。

色々な場所を懸命に駆け巡って、できる限り数多くの経験を積んでいくのも生きる糧に結び付く、無価値感を踏み越える道への心の持ち方の一つ。

当然ですが己自身のしたいように旅行をすれば良く、人生の本質を明確に捉えていくと、余分なことを考えないで済むようになってきます。

 

| 3.己自身と他の人をいちいち比べるような真似をしないと

他者と比べないということ。生きる糧を掴んでいくために重要なことが、己自身と他の人をいちいち比べるような真似をしないというもの。

友人は大手企業に就職して結婚して幸せそうとか、己自身は恋人もなく雇用も収入も不安定な状態にあって、将来どうなるのか分からないという状況です。

友人が羨ましいのは無理もありませんが、比べることでランクを付けてしまえば、気持も辛くなって大きく落ち込むことになりかねません。

人生には乗り越えていくべき学びがあり、小学1年と6年では学習内容も違いますが、小学6年生の方に生きる糧がある訳ではない、無価値感を踏み越える道への心の持ち方の一つ。

 

| 4.己は己で良いと思える、そんなことが非常に重要という

己は己で良いと思えるということ。生きる糧を掴んでいくには、社会的には役立っていなくても、誰が何と言おうと己は己で良いと思える、そんなことが非常に重要というもの。

3歳児の子供にすれば、生きる糧が欲しいなどとは思ってはなく、そんなことを考える下地もなくて楽しそうに遊ぶのが普段の姿になります。

なぜかと言うと、己自身が駄目人間とは露ほども感じていないからで、現在の己自身が良く頑張っていると受け止められるかが重要ポイントになります。

己自身のことを慰労したいという気持ちが大切で、心の内に感謝の言葉を行ってみたり身体をマッサージするのも、無価値感を踏み越える道への心の持ち方の一つ。

 

 

 


生きる糧の意味を知ることが大事、注意しておきたいない人の特徴面


 

| 1.口癖にしていたり、褒められるのが苦手だったりすると

諦めてしまうパターンということ。諦めてしまうパターンは内に籠るところがあり、どうせ無理を口癖にしていたり、褒められるのが苦手だったりするというもの。

異常に自己肯定感が低いところもあり、己自身の殻の中へと閉じ籠っている状況を思い描けば、イメージもしやすくなります。

失敗を過多に怖れることで心の中が諦めに支配されると、人間は主体性を手放してしまうことにもなりかねません。

 

| 2.本気を出すことはなく、いわゆる冷静沈着な人を演じる

逃避してしなうパターンということ。内に籠るような行動をする人は逃避パターンと呼ばれ、無関心を装い努力をしたり本気を出すことはなく、いわゆる冷静沈着な人を演じるというもの。

己自身に都合の悪いことには興味がない振りをしたり、何かに取り組む際に全力を出すことに躊躇したりします。

本気を出してないだけなので発揮をすれば全部が上手くいくといった気持ちは、実際の裏返しの姿といったもので、自己肯定感の低さから生じています。

 

| 3.それを証明しようとして躍起になるパターンというもの

比較が優位のパターンということ。己自身に価値があるという受け取られの願望が強く、それを証明しようとして躍起になるパターンというもの。

ブランド品で全身を装飾したり、聞いてもいないような自慢話をするなど、一見すると自信に溢れて見えますが、そういったものは飽くまで付帯品にすぎません。

他者から凄いという言葉を引き出して承認欲求を満たし、異常な自己肯定感の低さを埋め合わせているというだけです。

 

| 4.人目を過剰に気にしていたり、いつも何か心配している

求めているパターンということ。求めているパターンは外に求めるような受け身派とされ、人目を過剰に気にしていたり、いつも何か心配しているというもの。

一見すると他者に興味関心を持っている如く見えますが、実は他の人に映る己自身の姿を見ているだけというところがあります。

何かを他人に与えて貰って、一時的に異常な自己肯定感の低さを補完しても、根本的な解決とは遠いところがあります。

 

 

 


生きる糧には名言もあるもの、覚えておきたい価値を感じない原因面


 

| 1.異常な低さは、幼少期の家庭環境に大きな影響があると

幼少の頃の家庭環境ということ。生きる糧を感じない自己肯定感の異常な低さは、幼少期の家庭環境に大きな影響があるというもの。

テストで80点も取れて凄いと褒められるか、平均点は90点なのにどうして平均点以下と言われるか、どちらの方が自己肯定感に繋がるかは一目瞭然です。

己自身の存在を否定されたような経験があったり、親との対話も少ない体験は、自己肯定感の低下を起こさせる大きな要因となります。

 

| 2.学校教育にも、自己肯定感を低くする一因が潜んでいる

学校の教育ということ。平均的なタイプが非常に良い評価を受けてしまう学校教育にも、自己肯定感を低くする一因が潜んでいるというもの。

日本の教育では出る杭は打たれたり、周りの人たちと同列になっていることが良いとされるような風潮もあります。

並み外れた個性的なやり口は価値が低いとか、意味がないという風に見なされるので、自然と目立たずいようと思うことにもなりかねません。

 

| 3.良くないという考え方が、少なからず存在しているという

日本の習慣であるということ。日本には謙虚を美徳とするような風習が昔からあって、自己主張し前に出るのは良くないという考え方が、少なからず存在しているというもの。

ポジティブな姿勢や自信満々の態度は、ナルシストとか自意識過剰が凄い人と評されることになりかねません。

相手を優先しすぎた行為の結果として、自己肯定感が異常に低くなってしまい、生きている糧を見失うことになりかねません。

 

 

 

まとめ

何を糧に生きるのか躊躇するような時。ここでは、生きる糧が欲しい場合もある、無価値感を踏み越える道への心の持ち方を紹介しました。その機会には、ぜひお役立てください。

こちらもご覧ください。